自治体防災担当者による “現場からの提言”(第3回)

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自治体防災担当者による “現場からの提言”(第3回)

第3回目は、総務省消防庁が実施した「住民への災害情報伝達手段の多様化実証実験」で、提案が採択された6自治体のひとつである東京都江東区の総務部 危機管理室 防災課 防災計画係長 市村 克典氏にお話をうかがいました。

スペシャルインタビュー

災害情報伝達手段を多様化することで、一人でも多くの区民を守る。

東京都江東区 総務部 危機管理室 防災課

防災計画係長 市村 克典(いちむらかつのり)氏

-まず、市村さんの経歴を教えてください。

高校卒業後の18歳から22歳までの4年間は、陸上自衛隊の第1偵察隊という部隊で情報収集や探索を任務として行っていました。その後に江東区役所に入り、児童会館、青少年センター、営繕課、保健所という職歴を経て、防災課に異動になりました。防災課では、最初は防災計画係の係員として、その後に災害対策係の係長、危機管理課の係長を任され、現在は防災計画係に戻って係長としての職務を行っています。
私の得意分野は、施設分野全般になります。陸上自衛隊での職務経験が現在のキャリアに活かされていると思うのですが、自分では「施設屋」と考えています。最初は児童会館という施設で働き、青少年センターでは青年館という古い建物を建て直す仕事を、営繕課では区の施設・設備を建設する中枢の機関にいましたし、保健所に異動したのも保健所の新築移転を担当するためでした。防災課への異動も防災センターの新築という話がきっかけでした。基本計画が終わり実施計画に移るころに、担当の係長を補佐する役で赴任しました。防災無線等の設備に携わったのもこのときです。建物と一緒に無線設備もリニューアルするというので、担当するようになりました。
もともと工業高校出身なので、機械に関する知識は多少ありました。自衛隊のときにも無線機を扱う部署に所属していましたので、無線機がどんなものかは身近にあったのでわかっていました。世代的にアマチュア無線も流行っていましたし、オーディオ機器も身近にありました。子どものときは荒川区、中学時代から江東区に住んでいて秋葉原にも近かったので、環境的にも恵まれていたのだと思います。

このように、さまざまな部署を経験した中で、私自身最も手応えのあった仕事が、TOAさんと一緒に提案を行った平成24年度の総務省消防庁による「住民への災害情報伝達手段の多様化実証実験」(*1)でした。

-「住民への災害情報伝達手段の多様化実証実験」に応募されたきっかけと経緯を教えてください。

一番魅力に感じたのは、総務省消防庁が、東日本大震災を教訓に住民への災害情報の伝達手段を多様化するために、災害に強く、他の通信手段も併用した実証実験を実施する費用の全額を負担してくれる点でした。さらに、今回の実証実験の提案を通して、私たち江東区 危機管理室 防災課の考え方や向いている方向を国がどのように評価するのかを確認することができるといった点も応募した目的の一つでした。
提案準備の段階から、江東区が実証実験したいイメージはありました。住民に情報伝達するには、基本的には視覚・聴覚しかありません。すでに江東区でも視覚・聴覚での情報伝達手段はいくつか導入していますので、これに加えてどのようなものを今後導入したらいいのかを試そうと考えました。
2011年11月に提案書を提出しました。1次審査は書類審査で、申し込みのあった63自治体から30自治体に絞り込まれました。2次審査は15分間のプレゼンテーションで、2012年5月に提案採択が決定されました。私たちが考えた防災情報伝達の仕組みが国に認められたという感激、達成感は大きかったですね。私のキャリアの中でも一番の喜びでした。
実証実験は大きなもので合計3回ほど実施しました。これは、今回採用された6自治体の中で一番多い回数です。最終的な整備終了は、2013年3月になりました。

-今回の実証実験を通して苦労されたことを教えてください。

今回、実証実験を行うにあたっては、さまざまな壁がありました。
たとえば、ホーンアレイスピーカーを設置するにしても、通常は役所の許可が得られる場所にしか設置しないのですが、今回は東京都の許可などが必要な場所への設置を試みました。そのために申請の手続きが結構大変でした。整備目的で通常そこまで面倒なことをやる自治体はおそらく少ないと思います。
また、レインボータウンFMを活用して災害情報を流すことも、個別に打ち合わせをして実施にこぎつけました。民間のマンションと話をしてJ-ALERTを利用した災害情報の伝達を行うことも実現しました。なぜそこまでやったのかと聞かれると、江東区は都心部なので高層マンションが建っていますし、大手企業の本社もありますので、民間の施設とも協力協定を結んでおかないと、江東区のすべてをカバーできなくなります。実証実験とはいえそこまでのことをしないと、実験にならなかったのです。提案する段階では可能だろうという目途は立ててはいましたが、実際には手間がかかりました。
今回の実証実験では、民間企業が3社、マンションが1つ、民間のビルが1つ、拠点の中に組まれています。公共の建物では防災センターを除くと2カ所になりますので、民間の方々に積極的にご協力をいただいています。

-市村係長のモチベーションとは?

私たち防災担当者の責務は、一人でも多くの区民が同じ災害が起こったときに、命を落とさない、怪我をしない状況を作ることです。その状況を作るための仕組みが実証実験の仕組みであったり、自主防災訓練を区民にお願いしたり、訓練を通じて災害を体験してもらったりといった活動になります。
また、江東区は現在も人口が増えています。新たに江東区に移転されてきた方にも江東区の地理的特性や過去の災害などを知ってもらい、いざというときのために備えるため、どのように災害情報を得るかを知っていただかなければなりません。
今回の実証実験の際にも、私たちが考えた仕組みを実証実験の場で試して、区民の皆さんの役に立っているということが理解され、評価していただいたときには大きな達成感を感じました。「このシステム、いいね!」と言っていただけると報われます。

-全国の防災担当者の方へのメッセージをお願いします。

知識と経験をとにかくたくさん持つことを大事にしてください。私の場合、知識は人から得ました。本を読んだり、インターネットで調べたりもしますが、それぞれの専門分野を知っている人に聞くことが一番です。私の信念の中に「素人は余計なことに口を出すな」という言葉があります。わからないことはプロに聞かないといけないし、作ってもらうときはお願いしないといけない。人のネットワークと言うのは本当に重要です。自分たちが「どのように防災設備を使いたいのか」、「区の防災はこうありたい」というイメージを使う側がしっかりとプロに説明する、提示することが重要です。「こうなれば、もっとよくなる」といった方向性を担当者として考えた上で相談するべきです。
私は知りえた情報をなるべく試すようにしています。これが経験です。自分の目で見る、自分の耳で聞くようにしています。中には失敗を恐れてそこまでやらない方も多いと聞きますが、試さないとやりたいことはできないと私は考えています。試す際に「失敗したらどうしよう」という考えはありませんし、これまでさまざまな部署で自分が試したいことがあれば、いつも先輩や上司に説明し相談するとフォローや修正してくれて、失敗しないように準備できました。今は後輩職員に自分の知識と経験を伝えてチャレンジ精神をもってもらえるよう指導しています。
よく江東区は先進自治体といわれることが多いのですが、私自身は先進自治体とは思っていません。さまざまな自治体の取り組みを研究して、視察が可能なところは出向いて見させていただき、「これは使えそう!」と感じたものを、改めて区で検討することにしています。
その他にも、国の方で全国向けの研修会などを消防庁や総務省、内閣府が実施しています。全国規模の勉強会などに参加して、より多くの情報に触れて、自分なりのネットワークを作ってやっていかれることをお勧めします。

  • 市村さんとともに江東区の防災を担当されている危機管理課の竹内さん(写真左)
    市村さんの知識と経験が着実に次の世代にも引き継がれています

(*1) 江東区「住民への災害情報伝達手段の多様化実証実験」提案書
http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/houdou/h24/2405/240509_1houdou/teiansyo_kotoku.pdf

江東区「住民への災害情報伝達手段の多様化実証実験」報告書
http://www.fdma.go.jp/html/data/tuchi2505/pdf/250527-1_5.pdf

江東区の概要と想定される自然災害

江東区の概要

東京都の東部に位置し、西に隅田川、東は荒川、南は東京湾に面していて、江東デルタ地帯は古くは一望の海でした。
長い間の沖積作用と江戸時代に始められた埋め立てや、また近年の大規模な埋め立て工事によって現在の地形となりました。そのため区内のほとんどが海抜0m地帯だといわれています。
現在、東京都では臨海部副都心開発を中心に、広大な埋め立てを行っており、さまざまな都市的需要に応える貴重な空間として開発整備が進められています。江東区の臨海部でも情報発信基地、スポーツレクリエーション施設、アミューズメント施設等が整備され、未来都市としての変貌を遂げています。また、平成21年には総務省の「有明の丘基幹的広域防災拠点施設」も整備されています。
また、区周辺部、特に臨海副都心や南砂地区などは大規模マンションや医療・福祉施設の建設が相次いでいます。豊洲地区や夢の島地区には子供向け施設が充実し、近年はマンション建設も相次いでおり、人口も増加しています。

埋立地で海抜0メートルの地域がほとんど

江東区では、東日本大震災のような津波被害には見舞われたことはありませんが、関東大震災や東京大空襲などの市街地大火によりほぼ全域が焼失し、そのたびに復興を繰り返してきました。
また、荒川放水路が完成するまでには度重なる隅田川の氾濫による洪水や、外郭堤防の完成までにも大型の台風などによる高潮被害に見舞われてきました。
さらに最近では、ゲリラ豪雨の影響で、区内の一部では道路冠水などの被害が発生するなど、「水害と闘ってきた町」といわれています。

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